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小麦の輸入は水資源の浪費になるのか?




Letter from Yochomachi の「NHK教育(眞鍋かをり):食料生産に迫る水危機……くさかったぞ!」 にトラックバック。


YochomachiさんがサイエンスZEROの番組に農協系のくさーい息を感じた、ということをつづった記事。

Sato的には、別段、日本の農政賛美者ではありませんし、農協がらみの利権問題についても「あるなー」とは思います。つうより、農協なくなれ派でありまふ。かといってNHKが農協のイデオロギーを主張するためにこんな回りくどい番組を作っているようにもおもえまへん。ま、遠くナイジェリアにいるのでどちらも直接見たり聞いたりしたわけではないので、たぶんに妄想がはいっておりますが。

で、YochomachiさんのBlogで気になる部分はこれ。

アメリカから牛肉と小麦を輸入するのは、地球の水資源の浪費につながるから止めましょうっていう農協イデオロギーがぷんぷんする番組。でも、水がモッタイナイなら、コメを食べることを止めることが最初じゃないの?


んー、なんかびみょー。この「びみょー」な感じはどこから来るのかと考えてみると「コムギを輸入したほうが水の浪費が抑えられる?」あたりでしょうか。そこで勝手にこのネタで頭の運動を。

Yochomachiさんの主張は、「日本でコメを作らないで、輸入したほうが水の浪費はすくなくなるんじゃない?」

Satoもコムギとイネの水消費量なんて正確な値は持っておりまへん。いや論文をあされば数値は出てくるけど、栽培方法によっても環境によっても大幅に変わるので、この辺を述べるのは現実的でない。

でも、同じ場所でコムギとイネを作れば、なんだかイネのほうががばがば水を消費しているように直感的に感じる。たぶん、それは本当だと思う。何つったってイネは夏作、コムギは冬作。気温がまるで違うのだから栽培の際に蒸発していく水の量もまったく違うわけですわ。

では、単純化するために仮にコムギ1tに必要な水を100として、コメは2倍の1tにつき200としましょう。大雑把にコメを作るにはコムギの2倍の水が必要、とします。生物学的にはこんなに違わないのですが、まーえいやってことで。輸出や生産にかかるコストは水とは切り離して考えますと、単純にアメリカでコムギを作ったほうが製品1tあたりの水の消費量を減らせるわけで、この点はYochomachiさんの主張のほうが正しいわけです。

でも、アメリカのコムギの生産地の雨量は年間1000mmから1200mm。一方日本といえば1800mmから2000mm。つまり水の価値が倍近く違うわけですねー。これも単純計算をして、水100あたりの金額をアメリカ100円、日本50円としておきますと、コムギ1tの生産に必要な金額は100×100円=10000円、んでコメ1は200×50円=10000円。つまり同じ金額になるわけです。

さらに、んなこたーないわけですが、輸入することによって日本でまったく作物生産に水を使わない、という状況を想定します。コムギを全量輸入すると、国内の水200は利用しないので、垂れ流しとなって200の損。トータル300の水で1tのコムギを作ってることになります。金額に換算すると20000円。一方コメを作れば、アメリカで利用されない水は100で、コメ1tが水200で生産されるのですから、ま、当然同じ量、金額となりますわね。

ま、こんなのは勝手な数字遊びで、数値が変わればまったく違う結論が成り立つことは自明の理。そんなのは本当に言いたいことじゃないわけで。

サイエンスZEROのHP(下記参照)をみると、いいたいことは穀物生産のために地下水が消費されていているということ。

地下水が消える?ひそかに迫る世界の水危機(NHK)

日本で雨をメインに利用しているイネ生産に比べて、地下水を利用しているアメリカのコムギ生産は水の単価が(将来の影響を検討すると)べらぼうにコストが高い、つうことがわかると思います。これを上記の計算に当てはめると、当然、水の価値的には日本でコメを作ったほうがお得、となりますな。

でも、こんな馬鹿高いコストをかけて生産されているコムギを日本が輸入しているって言うのは、このコストが未計上で実際の価格に現れていないこともありますが、それだけコストをかけても見合うだけの理由があるわけです。つまり日本で生産するともっと馬鹿高いコストがかかるっつうこと。つまり、「農政、もうちょっと何とかせい」ってこと。

んー、こうやって見てみると、サイエンスZEROの言ってることって、「今の日本の農業がおかしい」って、日本の農業にアンチテーゼを発しているようにも思えますが?いかに?

って、Yachomachiさんの記事をつかって頭の体操をしてみましたー。
| Sato | 妄想 | 08:59 | comments(2) | trackbacks(0) | -
Buz meet 再開
さて、ご無沙汰です、Satoです。

えーと、雨季になってやたらと仕事が忙しくなって、Blogにかける時間が厳しくなり、中断。で、その後雨季が終わって時間ができたところで、何度か再開しようと思ったのですが、なかなか踏ん切りがつかず。というわけで、だらだらとここまでひっぱってしまいました。

が、あまりだらだらしているのも何なので(何ってなにさ)再開します。

思うにですねー、最初が最初でがんばりすぎたのですよ。アフリカにきてですねー、これも書かなきゃ、これも書かなきゃ、ネタがない・・・ならばBBCなんかよまなきゃー、あーBBCにもおもろそうなネタがない・・・なんていろいろ考えてですねー、その上で作り上げてきていた記事だったのです。

はい、そこ、「そんなクオリティーかよ、カーペッ( ゚д゚)、」とかいわない。

ま、クオリティーは横に置いといて、そんな感じでがんばりすぎたわけです。サンボマスター的にいうと、「俺が熱かったんだぜ」なわけです。ブサンボマスター的にいうと、「おれが暑苦しかったんだぜー」なわけです。トラブリュー的にいうと「なんでもないようなことが燃えていたんだとおもう」わけです。←もう誰もしりません。つうか、サンボもブサンボもリアルタイムで見てないのにネタに使おうつうのがまちがいなわけで・・・。

んなことで(どんなことよ?)、じゃ、やめよーか、とおも思ったのですが、せっかくアフリカにいることもあって、書きたいこともないわけじゃないじゃない←気安いなー(-_-;)。そこで、無理ながんばりすぎはやめて、書けることは書こうと、そんなスタンスにさせていただきたいと思います。

とりあえず、今日は放置プレー中についた、よーわからんトラバとか、コメントの削除にいそしみたいと思いまっす。

では、また明日。
| Sato | 妄想 | 01:46 | comments(0) | trackbacks(0) | -
のりたいか?
こんな霊柩車には乗りたくない(-_-)とおもった。
reikyuusya
こちらは片山右京が慶応義塾大学のエリーカプロジェクトの協力を得てデザインした次世代霊柩車とのこと。

これは社団法人全国霊柩自動車協会の創立30周年記念行事の一環として企画したものだそうで、展示会場には、最新の霊柩車に混ざって、霊柩車業界とはこれまで縁もゆかりもない著名人がデザイン提案した5基の1/5スケールモデルが並んだそうです。

人生最後に乗るクルマ---次世代霊柩車

んー、最新の霊柩車・・・、全国霊柩自動車教会・・・不思議な感じ。でも、この企画、名前を売るには成功だったようですね。思わず見ちゃったもん。
| Sato | 妄想 | 19:24 | comments(0) | trackbacks(0) | -
「知的計画」ってなにさ?
「生命の誕生や進化の背景には知的な計画があった」という「Intelligent Design(知的計画=ID)」説を学校で教えようという動きがあるようです。

米で新たな進化論争 「神」ではなく「知的計画」?
IDネットのジョン・カルバート共同代表は「進化は事実だとしても、推し進める何らかの仕組みがあるはず。それがIDだ。特に地球誕生や生命誕生は、進化論では説明できず、現在の自然界を見ても、知的な計画の存在を多くの科学者が認めている」と言う。進化論を教えるな、とは主張しない。
ということですので、これはいわゆる「有神進化論」ですねー。わざわざ隠れ蓑をかぶってまで「創造論」を広めたいのでしょうか?

進化論を教えるなと主張はしていないといってますが、そもそも「進化論」と「創造論」はベースになっているものが違うわけで、「有神進化論」とて科学という定義で教えられるものではありません。

自己の説の正しさを科学的に証明するためには、仮説とそれを裏付ける証拠とそれを元にした理論がひつよう。が「聖書の記述に優先順位を置く」時点で科学でないことが明らかでは?。聖書が祥子の一つであるとしても、他の証拠より優先順位が高いというのは問題でしょう?

「進化論」の不完全さをつき、否定することで「創造論」を正当化しようとしていますが、そうなると出てくる新説をすべて否定しつづけないといけないことに。その方法はぱっと見「背理法」にみえるかもしれませんが、まったく違うもの。

一方、宗教としてはいいとおもうのです。いくら「創造論」を教えても。問題は科学として教えろというところ。いまいち宗教に無関心な自分としては、どうして宗教を学校にまで持ち込もうとするのかが不思議(-_-)

CBSテレビが昨年11月に行った世論調査によると、米国人の55%は、神が人間をつくったと信じ、27%は進化の過程に神が関与したとし、全く神がかかわっていないとする人は13%にとどまった。
ということで、約80%が神の関連を信じているのだから、もういいじゃん(>_<)わざわざ科学にまでもちこまなくても、圧倒的勝ちじゃん(>_<)というのが感想。

自分も進化については日本語でいう「神秘的なもの」を感じますが、それを「神」ととるか「偶然のなせるもの」ととるかは個人に任せればいいことで、わざわざ学校に持ち込むこともないとおもうんですけど・・・。理解できない(-_-)

「進化論」と「有神進化論」を含む「創造論」についてはこちらのページが詳しい・・・というか、文句のつけようがありませんので、ご参照あれ。

進化論と創造論〜科学と疑似科学の違い〜
| Sato | 妄想 | 17:39 | comments(5) | trackbacks(0) | -